薫風のころ -館長机のメモから-
蒼穹を大海に見立て、鯉のぼりが泳ぐ様は、粋な江戸っ子が考えついたそうです。しかしこれは思い付きではなく、中国の故事に倣っています。
蒼穹を大海に見立て、鯉のぼりが泳ぐ様は、粋な江戸っ子が考えついたそうです。しかしこれは思い付きではなく、中国の故事に倣っています。
近い昔のくにたち散歩、今回は北地区へ。
手前の柵に沿って、鉄道技術研究所への引き込み線がありました。
東京女子体育大学の歴史は、わが国の女子体育の苦闘と発展を象徴しています。
伝承庭園の小さな梅の木に近寄れば、梅花の馥郁とした香りがありました。
梅見月がきたのですね。
国立が、1958(昭和33)年に立川市から打診された合併案を断り、独自に多摩地区で15番目の市制を施行したのは、1967(昭和42)年1月1日。
郷土文化館の武蔵野庭園の片隅で、幾株かのスイセンの花を見ながら、民俗学者の宮本常一氏の故郷、山口県の周防大島で、毎年1月30日に営まれる「水仙忌」のことが過りました。島のいたるところにみられるスイセンの花に因むこの日は、氏の命日にあたります。
丸山薫に『白い自由画』という詩があります。
1月から3月にかけて、市内11校の小学校3年生がむかしのくらしについて学習をする
くにたちは、1967(昭和42)年1月1日に市制を施行しました。そして、その年の9月に開かれた定例議会で、市の歌と市章が正式に決められました。今も市のシンボルであるこれらは、じじつは国立町の頃に決められたものです。
12月20日は、しめ縄飾り教室の練習会でした。毎年この時期に古民家、郷土文化館
『ふるさと国分寺のあゆみ』(国分寺市史編さん委員会)という資料によれば、このガードは、国立開発間もない頃に、箱根土地株式会社、国分寺村、谷保村が、資金を出し合って拡張整備されたとあります。
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