市制施行50周年記念として郷土文化館が刊行した写真集「くにたち あの日、あの頃-写真に見る少し昔のくにたち-」から写真をピックアップのご紹介の第三弾です。
写真集刊行記念の春季写真展も開催しておりますので(~6/4)、当館へも是非ご来館ください。

「大学通りの青空駐車」(写真集45頁掲載)

撮影年代:1966(昭和41)年頃
ファイル番号 [1]「ファイル番号」とは、営利を目的としない写真の利用に供するため、くにたち郷土文化館に保存されている電子データーのファイル番号を表示したものです(写真集でも当館が電子データーを所蔵しているものは、ファイル番号の表記をしています)。
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1966(昭和41)年頃に国立駅南口方面を撮影した1枚です。大学通りの両側は、青空駐車の車でびっしりと埋めつくされています。この大学通りの青空駐車は、社会問題として新聞紙上で取り上げられることとなりました。『くにたち公民館だより』でも、大学通りの写真を掲載して、「赤、青、白、黒さまざまな色と型をした車の洪水。大学通りにずらりとならんだ車。朝夕のラッシュは、人と車との寸秒を争う斗いの時。車を持たぬ者にとって車は、わずかな空間を独占する敵。車にとって歩行者は、文明の利器を有効に使わせない妨害者?」[2]『くにたち公民館だより』第102号 1968(昭和43)年9月5日 P3「車」。 また、公民館だよりと同時期の市報(『市報くにたち』№197 1968(昭和43)年8月5日 P4「わたくしたちの声」)にも、「路上の駐車を厳重に取締れ」との見出しで、大学通りの青空駐車に対する市民の声が掲載されています。と当時の状況を痛烈に指摘しています。なお、時間帯による駐車禁止の措置を経て[3]『市報くにたち』№238 1971(昭和46)年11月5日 P1「大学通りが時間帯で駐車禁止になります」、大学通りが全面終日駐車禁止となったのは、1974(昭和49)年11月1日からのことです[4]『市報くにたち』№283 1975(昭和50)年1月5日 P4「こんなこともありました・・・ ≪1974年市政のあしあと≫」
『「大学通りの青空駐車」の現在』

※脚 注   [ + ]

1. 「ファイル番号」とは、営利を目的としない写真の利用に供するため、くにたち郷土文化館に保存されている電子データーのファイル番号を表示したものです(写真集でも当館が電子データーを所蔵しているものは、ファイル番号の表記をしています)。
2. 『くにたち公民館だより』第102号 1968(昭和43)年9月5日 P3「車」。 また、公民館だよりと同時期の市報(『市報くにたち』№197 1968(昭和43)年8月5日 P4「わたくしたちの声」)にも、「路上の駐車を厳重に取締れ」との見出しで、大学通りの青空駐車に対する市民の声が掲載されています。
3. 『市報くにたち』№238 1971(昭和46)年11月5日 P1「大学通りが時間帯で駐車禁止になります」
4. 『市報くにたち』№283 1975(昭和50)年1月5日 P4「こんなこともありました・・・ ≪1974年市政のあしあと≫」