最近、学生の頃を思い出してラジオを聴いています。
きっかけは、昔よく聴いていた深夜ラジオの番組が現在でも放送していることを知ったためですが、以前と異なるのは、インターネット配信される番組を、パソコンやスマートフォンで聴いていることです。

 そのあまりにもクリアな放送からは、「もや」のかかったような携帯ラジオの音から感じた「切なさ」を感じ取ることができず、私としては少し淋しい気もします。

 ラジオの話題から思い出されるのは、満洲事変です。
アメリカの歴史学者、アンドルー・ゴードンは、満洲事変がラジオの劇的な普及のきっかけになったことを指摘しています。

 ゴードンは、1929(昭和4)年に65万件だったラジオの受信契約数が、41(昭和16)年には660万件、44(昭和19)年には750万件でピークを迎えたこと、この上昇の背景には、満洲事変以降の「1930年代における日本の新たな帝国主義」を、新聞、ニュース映画、ラジオなどのメディアがこぞって報道・「賛美」した状況があったことを指摘しています(「消費、生活、娯楽の『貫戦史』」『岩波講座 アジア・太平洋戦争6 日常生活の中の総力戦』岩波書店、2006年)。ラジオ普及の背景には、不況という暗い世相[昭和恐慌・1930(昭和5)年]を打破するごとく過熱する戦争の報道と、それを望む一般の人びとの姿が反映しているといえます。


 掲載写真は、当館で所蔵している真空管ラジオ。旧谷保村で使用されていたもので、年代は昭和初期とされています。満洲事変やその後の世界各地での戦争、1945(昭和20)年8月15日の「玉音放送」を伝えたかも知れないラジオは、毎年1~3月に開催される「むかしのくらし展」などで展示されています。